桂庵禅師没後500年
どうも、くんくんです。
薩南学派は聞いたことがあるけど、桂庵禅師も名ばかりでした。
座禅石なども知っていますし、伊敷の墓も知っていたのに、概略さえもわからなかった。
新聞で知人が桂庵禅師没後500年ということで、記念誌を編集したと知った。
えらいなあ。
そこで、簡単なおさらいをしましょう。
鹿児島県の資料から
http://www.pref.kagoshima.jp/kentosho/shiryo/kityou-550.html
----以下引用----
桂庵玄樹(応永34年(1427年)~永正5年(1508年))
室町時代五山の禅僧で薩南学派の祖である。周防の国の山口生まれで,9歳のときに京都に上り臨済宗の南禅寺で修行し,後に豊後(大分県)の万寿寺に入った。40歳のときに明に渡り,7年間滞在し,朱子学を修めて帰国した。当時,国内は応仁の乱の最中で玄樹は,乱を避けて下関の永福寺に入り,その後,豊後,筑後,肥後を転々とした後に,島津忠昌の招きで1478年に鹿児島に入った。鹿児島では田の浦の島陰寺に入って島津氏をはじめ家臣,僧侶たちに朱子学を教えた。1480年に大学章句という国内最初の朱子新注本を出版す,朱子学を正しい儒学として広めた。その後,飫肥(宮崎県)の安国寺や,京都の安国寺で朱子学を講じ,京都の建仁寺139代管主となった。晩年には薩摩に帰り,伊敷に東帰庵を結んで隠棲し,82歳で亡くなった。玄樹の墓は,伊敷町の電車終点から北西へ約300M,庵の後ろの山にある。国道3号線右側に「桂庵公園入口」の標識が立っている。
----引用ここまで----
なんかすごい人です。
古代文化研究所というブログにはお墓の写真もあり、三国名勝図会の記載もありますので、
さらに好きな方はどうぞ。
http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/11029240.html
同じ古代文化研究所には今月15日午後6時半からある法要の記事もあります。お近くの方はどうぞ。
http://blogs.yahoo.co.jp/yan1123jp/12366683.html
伊地知季安氏のことも書いてあるので、奥行きが深くなりますね。
まだまだ鹿児島にはスポットライトを当てたい人がたくさんいそうです。
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●NOにYES!!
http://ameblo.jp/39knkn/















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